吾妻ひでお『失踪日記』 ★★★★☆
「滑稽」であることには、一抹の寂しさと、真実がある。そうした上質の「滑稽」を味わえるのが、この作品だ。マニアにはカリスマ的な人気を誇る漫画家、吾妻ひでおが、突如連載を投げ出して失踪し、ホームレス生活を送っていた間のできごとを実録マンガとしてつづったものだ。
まず、装丁がいい。装丁は作者が作っているわけではないから、作品自体のレベルや価値とは本来関係ないのかもしれないが、私はそうは思わない。発売以前に作品のもつ力をはっきりと認識し、それを珠玉のものと信じて全力を尽くそうとする周辺スタッフのチームワークやモチベーションの高さは、その作品を一段高みに押し上げるのに、些少ではない役割を果たすと思う。「表紙や装丁が全て」とまでは言わないが、7:3ぐらいの割合(3が装丁)というのが主観だ。
ちなみにこのマンガは、巻末にとり・みき氏と吾妻氏との対談が納められているだけでなく、表紙カバーの裏側にまで特別インタビューが掲載されている。どんだけサービスするんだ(笑)。でもそういう裏方(編集者)の心意気には身勝手な共感を覚えると同時に、そうした作品に出会えたときには「よくぞここまで」という畏敬の念を覚える。
巻末インタビューで吾妻氏は
自分を第三者の視点で見るのは、お笑いの基本ですからね。
と語る。まさにその言葉どおり、ホームレス生活の悲惨さそこに至るまでの追い詰められた心境を笑いに変換し、一方で作者が「もう一度」マンガにもどるに至った過程が、重苦しくなく克明につづられている。
くそっ。こんなことやってるけど本当はオレ芸術家だぞ。
ホームレスやってると働きたくなる
肉体労働やってると芸術がしたくなる
これこそが、吾妻氏が失踪生活でつかんだ成果であろう。おそらく、スタートは発作的ともいえる無計画な失踪だったのではないだろうか。しかし、場面場面で、「これはネタになる」とほくそえみはじめたと推察する。それは、ホームレス生活を作品内で「取材」と表現している作者の姿勢からも明らかだ。とはいえ、最初からそこまで計算して失踪したわけでもないだろう。既に確固たる地位を築いていた作者がポンとゴミ箱をあさり腐った食べ物で命をつなぐ生活に身を投じる柔軟性と楽観性には驚嘆しあきれるばかりだ。しかしそれらの体験を客観的に見つめ、無常観ただよう喜劇作品としてまとめあげてしまうところが、この人の天才たる所以なのかもしれない。本質をつかみつつ、それをふりかざすことなく道化ながらきっちりと表現しつくしているところに、天賦の才と努力を感じた。
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