雫井脩介『犯人に告ぐ』★★★★★

これまたおもしろかった。2冊続けて「当たり」を引くなんて、本当に幸せな気分だ。これだから本漁りはやめられない。

雫井脩介さんは、『火の粉』という作品が好印象で、過去に出版された作品はだいたい読んでいるが、これは文句なしの著者の過去作品ナンバーワンだろう。ストーリーの緊迫感、キャラクター設定、奥行き、ミステリーとしての完成度が卓越している。ストーリーは↓のとおり。

神奈川県警は、全く手がかりがつかめない連続児童誘拐殺人事件に手をこまねいていた。万策尽きかけていたそのとき、キャリア捜査官の植草が一つの提案をする。その打開策とは、TVメディアを使って犯人に直接呼びかけを行い、犯人の反応を待つという前代未聞の捜査方法だった。“劇場型捜査”と名付けられたその捜査に必要な、大衆の前に立つ広告塔として、白羽の矢が立てられたのが巻島である。彼は過去に、児童誘拐事件の捜査に失敗し、その後のマスコミ対応でも失態を演じたために、左遷させられていた刑事である。かつて自分の身を破滅させたマスコミを手なづけ、事件を解決しようと試みるのだが……。  個性的な登場人物たちの思惑が複雑に絡み合いながら進行する“劇場型捜査”を、圧倒的な臨場感で描く異色の警察小説。(ダ・ヴィンチWebより)

ちなみに、この小説は既に映画化されている。未見だが、主演は豊川悦司さんだそうで、おそらくこの方が「主人公巻島」を演じたのであろう。個人的には、小説を読んでいる最中、妙に巻島の姿にダブったのが、いま話題の大阪府知事・橋下知事なのだが(笑)。巻島だけではなく、彼を支えるキャラクターたちにも、魅力的な人物が多かった。

巻島より五つ年上の津田は、この署の刑事課の大番頭的な存在である。敵を作らない性格の男で、悪態をつくことしか知らない容疑者を相手にしても決して声を荒らげることはしない。厳しい言い方をすれば刑事としての迫力不足は否めず、その分、出世もそれなりのところで落ち着いてしまっているわけだが、それだけでは全部を評価したことにならない独特の味わいが彼にはある。およそ管理職らしからぬアウトサイダーと課長の双方を立てて、ここの課をまとめあげたのは、津田の何気ない気配りの一つ一つであった。それがあってこその検挙率県内一位の座であることは疑いない。津田が頷くだけで、自分が下した采配にあった一抹の不安が消える。そんな不思議な包容力を持った男でもある。

「津田長」はこんなことも言う。

ただ私はね、人の道を外すも外さぬも、その違いは何かって言うと、ちょっとした頭の中のホルモンだとか何とかの問題だという気もするんですよ。それが変なふうに偏ると、理性に麻痺を起こしてね、本人自身もどうしようもなくなるんじゃあないか・・・・・・ただ、それだけのような気がしましてね。自由に、適当に、我がままに生きているような人間でも、実はそんなホルモンバランスに支配されてるだけでね、生きるのを許されてる道は細くて狭いんじゃないですかな。

このくだりを読んで、私は先日読んだ林郁夫氏の『オウムと私』をなんとなく思い出してしまった。と同時に、心を病む実家の弟のことも。

ミステリーは、トリックや謎解きに至る完成度の高さが、評価の決定打になる。でも私は、こうしたキャラクターの魅力を通じて、人生の無常さとその中で見つける喜びのようなものが織り込まれている作品が好きだ。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

海堂尊『チーム・バチスタの栄光』 ★★★★★

いやー。おもしろかった。ベストセラー入りしているのは知っていたけれど、医療がらみの作品は、自分自身の仕事を連想することから敬遠していた。しかし、たまたま美容院に向かう道すがら、施術中のヒマつぶしの種を探しにBOOKOFFに入ったときについつい衝動買い。読み始めた途端、なぜもっと早く読まなかったかと後悔した。あらすじは↓のとおり。

東城大学医学部付属病院は、米国の心臓専門病院から心臓移植の権威、桐生恭一を臓器制御外科助教授として招聘した。彼が構築した外科チームは、心臓移植の代替手術であるバチスタ手術の専門の、通称“チーム・バチスタ”として、成功率100%を誇り、その勇名を轟かせている。ところが、3例立て続けに術中死が発生。原因不明の術中死と、メディアの注目を集める手術が重なる事態に危機感を抱いた病院長・高階は、神経内科教室の万年講師で、不定愁訴外来責任者・田口公平に内部調査を依頼しようと動いていた。壊滅寸前の大学病院の現状。医療現場の危機的状況。そしてチーム・バチスタ・メンバーの相克と因縁。医療過誤か、殺人か。遺体は何を語るのか…。栄光のチーム・バチスタの裏側に隠されたもう一つの顔とは。第4回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。 (Amazonより)

なにがいいって、キャラクターがすばらしい。どの登場人物も個性にあふれていて、主人公はもちろんすべてのキャラクターが魅力的だ。「このミステリーがすごい!」で審査員満場一致で大賞に決まったというのもうなずける。医療現場の設定もいやにリアルだな・・・・・・と思ったら、執筆者の海堂尊さん、現役のドクターとのこと。なるほどと思う反面、ここまでエンタメに徹した作品を、本業のかたわら楽々仕上げるなんてすごすぎると驚いた。天も気が向いたときにはニ物を与えるのね・・・。

ちなみに医師は、理系の仕事と思われがちだが、実は文章のうまい人が多かったりする。論理的思考が求められる上、日ごろカルテやら論文などを書きなれているせいかもしれないが、でもしかし・・・。これほどの文才を「趣味」として持っているなんて絶句してしまう。いや、むしろ「趣味」だからこそ、こんな風に自在にキャラクターを遊ばせられるのかもしれない。読んでいてとにかく心地よいのは、作者自身も楽しんで書いているのだろうなと思えるキャラクター設定の自由度の高さと、それぞれのキャラの脚色されていながらも生き生きと躍動する人間的魅力だ。「名作」とされる小説に求められるある種の深刻さが薄いということは言えるかもしれないが、それでもこのキャラクターたちの活力あふれる姿には魅了される。久々に実力派の作家に出会えてうれしい。今後、書店でこの作家の作品を見つけたら問答無用で即買いしようと思う。

そうそう。以前から不思議に思っていたことをひとつ。私は文庫本の編集をやったことがないので、よくわからないのだが、最近、さほど長編ともいえない作品が、わざわざ上下巻に分けて出版されているケースをよく目にする。これってやっぱり販売収入増を目的としているんだろうか? おもしろい作品ほど、2巻や3巻組になっているような気がする。編集会議で「この小説はぜったいに売れ売れだから、上下巻に分けて出そうぜ!」といった会話が展開されているんだろうか。個人的には、価値ある作品にはそれなりの対価を支払いたいと思っているので異存はないのだけれど、なんとなく気になる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『ボーン・アルティメイタム』★★★☆☆

観終えた翌日にはストーリーすら思い出せないほどだったが、瞬間的に退屈せず楽しめる作品。マット・デイモン演じる主人公の超人ぶりは、安心して鑑賞できる。「こういう映画、前にも観たなぁ」と思って考えてみたら『ミッション・インポッシブル』だった。アクションあり、爽快感あり、当たったらシリーズ化する下心ありの典型的なハリウッド映画という印象。

ちなみにこの『ボーン・アルティメイタム』は、『ボーン・アイデンティティ』『ボーン・スプレマシー』に続くシリーズ3作目。一応完結編ということになっている。記憶を失った元工作員のジェイソン・ボーンが、次々と自分の元に現われる刺客と闘い、自らの正体とともにその背後にある陰謀を暴いていくという物語だ。

マット・デイモンは、トレイ・パーカーの映画『チーム・アメリカ』で「ミャット・デイモン」と称されさんざんもてあそばれていたし、アメリカではコメディ番組などでもなにかといじられるキャラのようだ。しかし、私はそれらも含めてなんとなく好きで応援している。ゴシップサイトなどで知るところによれば、本人もそうした「いじられキャラ」を結構楽しんでいるらしい。決して王道を行くハンサムではないのだけれど、生殺与奪のハリウッドで、マイペースに生き残っていくのではないかなぁという気がする俳優さんのひとりなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

帚木蓬生『アフリカの瞳』 ★★★☆☆

帚木蓬生(ははきぎほうせい)さんは、私の大好きな作家のひとりだ。『三たびの海峡』という小説に感銘を受けて以来、これまでに発刊されている小説はほぼすべて読んでいる。帚木氏自身は、東大を出てテレビ局に勤めたあと大学に入りなおして医師になり、現在も福岡県で開業医として医療の現場に立つという異色の経歴をもつ作家なわけだが、私が初めて帚木氏の作品を読んだときには、そうした予備知識はなかった。医療のみならず幅広いテーマを取り上げ、そのひとつひとつに肉薄し同一化する器用さと圧倒的な筆力を持ちながら、それらがまったく上滑りせず、底には常に深い人間考察と優しさが流れていて、読むたび魅了されてきた。作品によってのめりこみ具合は異なるものの、総じて「ハズレのない作家」というのがこれまでの印象だ。

ちなみにこの小説は、同氏の旧作『アフリカの蹄』のシリーズ別編だそうだ。本棚を見てみたらその作品もあったので、読んだはずなのだが、タイトルを見てもストーリーがまったく思い出せなかった。しかし悪印象があればそれはそれで覚えているはずなので、私的には「可もなく不可もなくおもしろい」というところだったのではないか。双方のあらすじをAmazonより引用しておく。

『アフリカの蹄』
絶滅したはずの天然痘を使って黒人社会を滅亡させようとする非人間的な白人支配層に立ち向かう若き日本人医師。留学先の南アフリカで直面した驚くべき黒人差別に怒り、貧しき人々を救うため正義の闘いに命をかける。証拠品の国外持ち出しは成功するか!?山本周五郎賞受賞作家が描く傑作長編冒険サスペンス。

『アフリカの瞳』
国民の10人に1人がHIVに感染。毎日200人の赤ん坊が、HIVに感染したまま生まれてくる国。ここではエイズという絶望すら、白人資本に狙われる…。いまわれわれに生命の重さを問う衝撃作。

どちらも決して退屈ではないのだが、主人公ほかのキャラクターが、もう少し特徴的だったらエンターテイメント性が増したように思う。エンタメに走ること自体の是非もあるだろうが・・・。医療職ならではのピンポイントな視点はもちろん、これと決めた対象に深く迫りリアルに追求する力量はとてつもなく貴重だと思うので、次作に期待したい。個人的に、帚木さんの作品には、なんともいえない思い入れがあるので、これからもずっと応援し続けるつもりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

村上春樹訳 トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』 ★★★★★

村上春樹がカポーティときたら、買わないわけにはいかない。実は私は、カポーティの『冷血』が大好きな作品であるにもかかわらず、この『ティファニーで朝食を』を初めとする初期の作品の旧訳原作はもちろん、ヘップバーンが主役を演じた映画版すら観たことがなかった。そのため、この作品に対して勝手に抱いていたイメージは、ジバンシィのドレスを身にまとって頬杖をつくヘップバーンのコケティッシュかつ、圧倒的な美しさだった。

しかし、今回改めて原作を読んだ印象は、「ゑ?この主人公がヘップバーン?」というものだった。小説のなかの主人公ホリー・ゴライトリーは、ヘップバーンのような王道をゆく魅力的な女性像ではない。小悪魔的なキャラでかぶる部分は多少あるかもしれないけれども、ヘップバーンほどの余裕も万人受けするわかりやすさもない。小猿のようにキーキーわけのわからないことをわめきたてては周囲を振り回す、いまでいう「不思議ちゃん」だ。なんというか、キャラクターの魅力のベクトルが、まったく違うのである。そんなことに驚く一方で、改めて小説版のホリーの「あっけらかんとした屈折ぶり」と、そこからもたらされるかげろうのように稀少な存在感に魅了されるとともに、カポーティという作家の底知れない地力に圧倒された。

同様のことは、訳者の村上春樹氏も解説で述べている。これはフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』の村上氏による新訳版を読んだときにも思ったことだが、彼の訳した作品を手に取る価値の一つは、巻末に収録されている村上氏の解説だ。もうこれが、なんとも的確かつムダなく読後感をぴったりと、かゆいところに手が届く感じで解説してくれるのである。一部を引用しようかとも思ったが、「どこを」となると全部になってしまうのであきらめた。そして、「みん★」の数を4にするか5にするかでずいぶん迷ったのだが、著者・訳者(解説)の組み合わせの素晴らしさで5にした。どちらか一方が欠けていたら、4にしていたと思う。機会があったらぜひご一読ください。

なお、この本には、『ティファニーで朝食を』のみならず『花盛りの家』『ダイアモンドのギター』『クリスマスの思い出』などの小編も収載されている。そのどれもがすばらしい。ついでに言うと、ティファニーブルーのシンプルな装丁もいい。本棚にずっと入れておきたい作品だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

林郁夫『オウムと私』 ★★★★☆

多数の犠牲者を出した事件の全貌を明らかにした本のレビューに、★の数をもって「おもしろい・おもしろくない」という感想は不適切なのかもしれない。しかし、本書に心を揺さぶられた内容があったこととその感想については記しておきたい。

著者の林郁夫氏は、周知のとおり、オウム真理教の幹部「治療省大臣」であり、地下鉄サリン散布事件の実行犯だった人物だ。犯行後、当初死刑は免れないと見られていたが、捜査への協力的な態度や、事件の全貌を明らかにした自供内容の重要性と、被害者および遺族に対する改悛の態度などから、検察側からは異例ともいえる求刑減刑が行われ、結果的に無期懲役が確定した。

本書は、その被告である林氏が、獄中にて半生をふりかえった書である。生まれ育った家庭環境から、幼少時にどのような思考を経て医師として身を立て、また新興宗教に傾倒し人生と家族もろとも捧げてゆき犯罪に身を投じるまでの過程が克明に吐き出されている。

犯罪のみならず、非常識とされる行為があったときに「親の顔が見たい」という表現は、一般的だ。人は自分に理解できない事象を目の当たりしたとき、それは「自分とは異なる環境で育ったからにちがいない」と決め付ける。

しかし、本書を読む限りにおいて、林氏の幼少からの環境で登場する両親の姿は、まっとうすぎるほどまっとうだ。甘やかしすぎないよう注意を払いつつ、社会に適合し役割を果たせるよう懸命に育もうとした片鱗が、そこかしこからうかがえる。一方で、息子自身が歩んだ人生は、そのありふれた両親の願いはもちろん、本人が意図した道とも結果的に反するものだった。

この本で心境を吐露するのは、世のため人のためを真摯に追求しようとした挙句に、「まずは自分が解脱しなければいけない」といつしか道からズレ、踏み外した「真面目すぎた」人物だ。皮肉なことにそうした彼の「足元しか見ようとせずに歩みつづけた」人生とその罪は、本文内容よりもむしろ、病的なほど几帳面かつ誠実に過去を振り返ろうとする著者の姿勢からうかがい知ることができる。

もちろん、獄中記という性質上、自己弁護的な性質をさっぴいて読まねばならない部分もあるだろう。その上でなお、この人の歩んだ人生と、それを狂わせた集団のかもし出す異様な空間について、我々はそれを「異質なもの」として片付けるのではなく、どこか身近なものとして考えるべきなのかもしれない。犠牲者への思いも含めて、読後、やるせない哀しさだけが残った作品だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『エイリアンズ VS. プレデター2』 ★☆☆☆☆

わはははは。つきあいで観たので、期待もしていなかったけれども、やっぱり駄作だった(笑)。私は、B級映画は好きだけど、こういう中途半端なB級は苦手だな。エイリアンとプレデターという「最強の怪物キャラどうし」が格闘するところを見たいだけの人にはおもしろいのかもしれないけど、どちらにもたいした思い入れのない私みたいな観客には、なんらアピールするところのない映画だった。

鑑賞中は眠気をこらえるので必死であったが、強いて言えばおもしろかったのは、エイリアンの標本を乗せたプレデターの宇宙船が地球に墜落し、繁殖しはじめたエイリアンの痕跡を、追っかけてきた「後始末役」のプレデターが消してまわるところか。時空を超えて地球にいち早く到達できるほどの技術力をもったプレデターが、暴れまわるエイリアンの痕跡を、チマチマと草むらを探してひとつずつ薬品をふりかけて隠滅していくところが、なんともせせこましくて笑えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

吾妻ひでお『失踪日記』 ★★★★☆

「滑稽」であることには、一抹の寂しさと、真実がある。そうした上質の「滑稽」を味わえるのが、この作品だ。マニアにはカリスマ的な人気を誇る漫画家、吾妻ひでおが、突如連載を投げ出して失踪し、ホームレス生活を送っていた間のできごとを実録マンガとしてつづったものだ。

まず、装丁がいい。装丁は作者が作っているわけではないから、作品自体のレベルや価値とは本来関係ないのかもしれないが、私はそうは思わない。発売以前に作品のもつ力をはっきりと認識し、それを珠玉のものと信じて全力を尽くそうとする周辺スタッフのチームワークやモチベーションの高さは、その作品を一段高みに押し上げるのに、些少ではない役割を果たすと思う。「表紙や装丁が全て」とまでは言わないが、7:3ぐらいの割合(3が装丁)というのが主観だ。

ちなみにこのマンガは、巻末にとり・みき氏と吾妻氏との対談が納められているだけでなく、表紙カバーの裏側にまで特別インタビューが掲載されている。どんだけサービスするんだ(笑)。でもそういう裏方(編集者)の心意気には身勝手な共感を覚えると同時に、そうした作品に出会えたときには「よくぞここまで」という畏敬の念を覚える。

巻末インタビューで吾妻氏は

自分を第三者の視点で見るのは、お笑いの基本ですからね。

と語る。まさにその言葉どおり、ホームレス生活の悲惨さそこに至るまでの追い詰められた心境を笑いに変換し、一方で作者が「もう一度」マンガにもどるに至った過程が、重苦しくなく克明につづられている。

くそっ。こんなことやってるけど本当はオレ芸術家だぞ。

ホームレスやってると働きたくなる
肉体労働やってると芸術がしたくなる

これこそが、吾妻氏が失踪生活でつかんだ成果であろう。おそらく、スタートは発作的ともいえる無計画な失踪だったのではないだろうか。しかし、場面場面で、「これはネタになる」とほくそえみはじめたと推察する。それは、ホームレス生活を作品内で「取材」と表現している作者の姿勢からも明らかだ。とはいえ、最初からそこまで計算して失踪したわけでもないだろう。既に確固たる地位を築いていた作者がポンとゴミ箱をあさり腐った食べ物で命をつなぐ生活に身を投じる柔軟性と楽観性には驚嘆しあきれるばかりだ。しかしそれらの体験を客観的に見つめ、無常観ただよう喜劇作品としてまとめあげてしまうところが、この人の天才たる所以なのかもしれない。本質をつかみつつ、それをふりかざすことなく道化ながらきっちりと表現しつくしているところに、天賦の才と努力を感じた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

島田荘司『異邦の騎士』 ★★★☆☆

「メチャメチャ面白い」「傑作ミステリ」の書店POPにつられて購入した作品。冒頭、「ちょっと変わった文体だな」と思った。とにかく一文一文がやたらと短い。そして「!」が連発される。しかし嫌悪感を感じるような類の違和感ではなかった。そしてわけのわからないまま物語に引き込まれていく。

途中、「ちょびっとだけ村上春樹の文体で感じる異郷に放り込まれた感と似てるかも」という気がした。そしてPOPにうたわれている通り、退屈しない作品であったが、結末まで読んだ感想は「まぁまぁ」といったところだった。それは別に作品としての欠陥ではないのだろうと思う。ミステリーファンにとっては、傑作にちがいないのであろうが、私自身が、物語の伏線を重視する「ミステリー小説」としての成り立ちよりも、登場人物のキャラクターだったり、その心の動きの自然さのようなものを重視してしまいがちなために、作品から受ける感銘が小さかったのではないか。だったらミステリー読まなきゃいいのに、ついつい手にとってしまうのだけど(笑)。

この小説でキーマンとなった「御手洗潔」なる人物は、この作品以降、「名探偵御手洗潔」シリーズとして継続していっているらしい。京極夏彦の京極堂みたいな感じか。そういえばあのシリーズも、私には肌に合わなかったな。身の回りの男性ウケはやたらよかったけれども。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

梁石日『カオス』 ★★★☆☆

歌舞伎町を舞台に、様々な宗教や人種、性別の登場人物たちが織り成す狂想曲・・・といったところか。ニューハーフの「タマゴ」の存在感が抜群にいい。作品中では、主人公の李学英が恋焦がれ、強引に掌中に納めようと画策する対象として、日本人ジャズヴォーカリストの今西沙織という女性が登場するが、このヒロインたる沙織とは比べ物にならないぐらい、魅力的なキャラクターなのがタマゴだ。

風林会館前でタマゴとばったり出くわした。ジーパンにノースリーブの赤いシャツを着て、赤いサンダルをはき、肩まで伸びている金髪をなびかせている。眉毛を剃り落とした上に緑色のアイブローペンシルを引き、黒い口紅を塗っている。異様な化粧だが、同時に不思議な魅力を漂わせ、腰をくねらせて闊歩しているタマゴを女でさえ振り返っている。

このタマゴの魅力で★1個追加できるぐらいだ。ひょっとしたら著者も書きながらにして、それに気づいたのではないか?物語のラストは、冒頭の流れとは相反して、このタマゴを主役に終わる。

それにしても、歌舞伎町は、タマゴ同様不思議な魅力を発している街だ。繁華街ならほかにいくらでもあるが、渋谷や六本木とはちょっと違う、雑多な汚らしさと落ち着かきのなさと、それらが共存するために育まれてきたルールがもたらす奇妙な統制感が、なんともいえない魅力をかもしだしている。どれほど住人が入れ替わっても、歌舞伎町は歌舞伎町だ。決してオシャレでも粋でもないこの街が、私はなんとなく好きだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«梁石日『闇の子供たち』 ★★★☆☆